いまいです。
新型コロナウィルスの猛威は留まるところを知りませんね。連日増大する罹患者数の発表に、心悩まされている方も多いのでは?人混みは特に危険です。今年は例年のようには初詣や参拝に行けない、行けそうにもない。。。。
Web初詣はいかが
初詣に行けない方々やちょっとためらってしまう方々、是非是非Web初詣と参拝をどうぞ。
いまいいちろうのパワースポット巡礼(11)は「2021初詣ならWeb 浅草寺でしょ!」いまいが簡単にですが、ご案内いたします。
浅草寺の縁起
時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈(ぎょろう)中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得(かんとく)した。郷司(ごうじ)土師中知(はじのなかとも:名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依(きえ)し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝(らいはい)供養に生涯を捧げた。
大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されている。
雷門(かみなりもん)
浅草といえばこれ、やっぱり雷門ですよね。一年前までは、世界中からの観光客で賑わっていました。
表参道入口の門。誰でも知っている一番有名な場所ですね。向かって右に風神像、左に雷神像があります。正式には「風雷神門」といいますが、「雷門」と呼ばれて親しまれています。
慶応元年(1865年)に焼失しており、その後は仮設の門だったのだそうですが、昭和35年(1960年)に再建されました。再建したのは実業家で経営の神様と呼ばれていた、松下幸之助です。浅草観音に祈願して病気が治ったことから寄進したものです。
そして、松下電器産業(現在パナソニック)が寄贈した大提灯が吊るされています。この大提灯は、三社祭と台風の時にだけたたまれるということです。
仲見世通り
雷門から宝蔵門前までの約250mの表参道の両側には、お土産やお菓子等々、色々な物を売る店が立ち並んでいます。独特の寺院風の建物が連なる「仲見世通り」です。貞享2年(1685)頃に、浅草寺は付近の住民に境内の清掃をさせるかわりに、店(小屋)を出しても良いという許可を与えたとのことで、これが後に仲見世通りになりました。
コロナ禍の今はどうなんでしょうか?かつての活気が。。。厳しいでしょうね。⬇️お正月モードです。
宝蔵門(ほうぞうもん)チタン製の瓦
雷門からまっすぐ、仲見世通りの表参道を抜けたところにあります。入母屋造の二重門(2階建てで、屋根が上下に二重)です。現在の門は昭和39年(1964年)に再建された鉄筋コンクリート造です。実業家の大谷米太郎夫妻の寄進によって建てられたものです。門の左右に金剛力士(仁王)像があることから、かつては「仁王門」と呼ばれていましたが、昭和39年の再建後は宝蔵門と呼ばれています。その名の通り、門の上層はお宝の文化財「元版一切経」の収蔵庫となっています。金剛力士像の向かって左側は阿形(あぎょう)右側は吽形(うんぎょう)です。
阿吽・阿呍(あうん)とは
門の背面には、巨大なわらじが吊ってあります。魔除けの意味があるとのことです。
わらを2,500kgを使用しているとのこと!!笑じ、すげー。⬇️
平成19年(2007年)に屋根改修工事を行い、軽量さと耐久性に優れているチタン製の瓦を全国で初めて採用したとのことです。
本堂
本尊の聖観音像を安置するため観音堂とも呼ばれています。
旧堂は慶安2年(1649年)の再建で近世の大型寺院本堂の代表作として国宝に指定されていましたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失してしまいました。
現在の本堂は昭和33年(1958年)に再建されたもので鉄筋コンクリート造です。
内部は上段の間と下段の間になっており、上段の間には秘仏本尊を安置する厨子を納めています。下段の間には前立(まえだち)本尊の観音像(伝、円仁作)を安置しています。下段の間には徳川家康、徳川家光、公遵法親王(中御門天皇第二皇子、天台座主)がそれぞれ奉納した観音像が安置されています。
毎年12月12,13日に煤払(すすはらい)と開扉法要が行われる。本尊は絶対秘仏で公開されませんが、「お前立」の観音像は12月13日午後2時からの開扉法要の際に一般の人も拝観することができます。2009年2月から2010年12月にかけて、「平成本堂大営繕」が行われました。宝蔵門の改修工事で用いたチタン瓦 で屋根を葺き替えました。使用色も2色から3色に増やしてより粘土瓦の雰囲気を出していると言います。
では、初詣、参拝どうぞ
チャリーン!!お願い事をしてくださいね。
2020年6月13日に扁額(へんがく)の奉納法要が行なわれました。当初の「施無畏(せむい)」と書かれた扁額は1727年に奉納されたものでしたがが、1945年の東京大空襲で焼失し、ずっと写真による複製が飾られていました。やっぱり、戦争嫌だな。
新調された扁額は大ケヤキの一枚板で、天台宗僧侶で書家の豊道春海の筆による「施無畏」の文字が、井波彫刻の彫刻師、南部白雲によって彫られたものです。大きさは、横約4メートル✖️縦約1.3メートル、厚さ約15センチで、重さがなんと約700キロ!。文字の掘り込みは5センチメートル以上となっています。なんか聞いているだけで、よくわからないけど、デカいしすごい笑
五重塔
最初は天慶5年(942年)に平公雅が三重塔を建立したとのことです。その後焼失と再建を繰り返し、江戸時代の慶安元年(1648年)に五重塔として建立されました。関東大震災では倒壊しなかったものの昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失してしまいました。戦争は嫌ですね。みんな無くなってしまう。
現在の五重塔は昭和48年(1973年)に再建された鉄筋コンクリート造、アルミ合金瓦葺きの塔です。瓦は2017年に、本堂と同じ3色のチタン瓦 に変えられたということです。チタン瓦葺き!なんか凄いしかっっこいいですね。
基壇の高さは約5メートルで塔自体の高さは約48メートルです。塔の最上階にはスリランカ・アヌラーダプラのイスルムニヤ寺院から請来した仏舎利を安置しているとのことです。
他にも見どころ満載の浅草寺です。一回では紹介しきれないので、また特集組みます。
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Web初詣、浅草寺いかがだったでしょうか?まだまだ、新型コロナの影響が懸念されています。皆様お身体にはくれぐれもご注意くださいませ。不要不急の外出はお控えください。
素晴らしい2021年になるよう心から祈っております。
いまいでした。
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